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米国の相互関税が世界貿易に与える影響とは?供給網・関税交渉の変化を徹底解説【2025年最新】

目次

第1章|米国“相互関税2.0”の歴史的位置づけと内政的狙い

1‑1 RTAAからGATTへ──「互恵」が生んだ関税の振り子

1930年代、米国は世界恐慌の打撃から国内産業を保護するため、スムート・ホーリー法によって平均関税率をおよそ50%まで引き上げ、輸入抑制に舵を切りました。こうした高関税政策が国際貿易の停滞を招いたとの反省から、1934年にはフランクリン・ルーズベルト政権下で**互恵通商協定法(RTAA)**が制定され、方針は大きく転換されます。

このRTAAは、相手国が関税を下げた場合に限り、米国も関税を引き下げるという「相互主義」の考え方に基づいており、二国間で品目ごとに税率を擦り合わせる仕組みでした。ただし、この方式は行政コストが大きく、運用の煩雑さも指摘されていました。そうした経緯から、「すべての相手国に対して同じ税率を適用する」という**最恵国待遇(MFN)の発想が形成され、最終的にはGATT(関税及び貿易に関する一般協定)**のルールとして定着していきます。

つまり、もともとの「相互関税」は、自由貿易体制の土台を築く役割を果たした経緯があります。

1‑2 “引き下げ”から“引き上げ”へ──関税率17.7%という試算の意味

ところが2025年、同じ「相互関税」の名を掲げながらも、**トランプ政権が進める政策は当初とは真逆の方向にあります。**すなわち、目的は関税の引き下げではなく、むしろ引き上げです。

一部の試算によれば、相互関税を含む追加措置がすべて発動された場合、**米国の平均関税率は17.7%**にまで達する可能性があるとされます。この水準は、かつてスムート・ホーリー法下で採用された高関税と肩を並べる規模であり、90年かけて徐々に低下してきた関税の振り子が、再び逆方向へと振れようとしている状況です。

国際貿易を巡る秩序が、今まさに大きく揺さぶられていることがうかがえます。

1‑3 「貿易赤字是正」という旗印──目標と現実の乖離

こうした関税政策の背景には、「貿易赤字の縮小」という政権の明確な目標があります。トランプ政権は、米国の富や雇用が海外に流出している状況を問題視し、以下のような施策を打ち出してきました。

  • 中国などの主要貿易相手に対する最大60%の関税強化
  • 高関税国に対して同等の税率を課す**「相互関税」**の導入
  • 既存の貿易協定の再交渉や、米国産品の輸入拡大要求

これらは明確な「圧力外交」に基づくアプローチといえますが、実際の貿易赤字の推移を見ると、2024年のモノの貿易赤字は1兆2,117億ドルと過去最大を更新しており、目標達成には至っていません。

一因として、関税を回避するための迂回輸入や、経済成長による輸入需要の増加が指摘されており、短期的な是正は困難であるとの見方もあります。

1‑4 選挙イヤーの関税カード──支持基盤をめぐる内政戦略

2025年の大統領選を見据え、政権はこうした関税政策を内政的にも活用しています。極端な主張を抑えつつ、無党派層への接近を図る一方、選挙で得た有権者データを分析して、ターゲット層ごとのメッセージ戦略を立案しています。

とりわけ黒人有権者層への働きかけが目立っており、高インフレへの不満をてこに経済団体との接点を強化しています。全体として、政権は以下のようなフレームで経済政策を打ち出しています。

  • 法人減税・規制緩和による製造業重視型の経済構造への転換
  • エネルギー増産政策による物価圧力の軽減
  • 高関税政策による「国内雇用の防衛」の演出

ただし、これらの政策には一定の副作用も指摘されており、たとえば関税が輸入物価を押し上げ、インフレを再燃させる懸念や、大規模減税による財政赤字の悪化リスクなどが存在します。内政的な思惑と経済的な影響のバランスは、引き続き注視が必要といえるでしょう。

1‑5 “相互関税2.0”が突きつける構造的論点

振り返れば、かつての「相互関税」は市場を開き、自由貿易を進展させる装置でした。ところが今、その名の下で採られているのは「関税を引き上げる」というまったく逆のアプローチです。

この方向転換が常態化すれば、関税の高止まりが新たな“前提”となる時代が到来しかねません。その結果、多国籍企業は生産拠点の配置や物流経路の見直しを迫られ、グローバルな供給網そのものが再構築される可能性もあります。

単なる貿易施策という枠を超え、通商ルールとサプライチェーンのあり方そのものを揺るがす契機となり得るのが、この「相互関税2.0」だといえるでしょう。

第2章|ブラジルへの50%関税──経済・政治に走る震度

2‑1 対米輸出403億ドルの「一本足」──鉄鋼と大豆に集中する依存リスク

2024年、ブラジルの対米輸出は前年比9%増の約403億ドルに達し、過去最高を記録しました。数字だけを見れば明るいニュースですが、内容を精査すると、鉄鋼と大豆という2品目に極端に依存しているという構造的な偏りが明らかになります。

鉄鋼に関しては、輸出量の約半分が米国向けです。一方、大豆は米中の貿易摩擦によって中国からの需要が膨らみ、2024年1〜10月における中国の大豆輸入のうち、7割をブラジル産が占めるまでに至りました

こうした構造は、**「鉄鋼=米国」「大豆=中国」**という二国依存の色合いを強めています。いずれか一方に政治的あるいは経済的なショックが生じれば、収益源全体に大きな影響が及ぶ可能性があり、いわば両足を二つの外需に預けている不安定な構図だと言えるでしょう。

2‑2 偽・誤情報対策の温度差──ルラ政権の統制強化と米国の反発

ルラ政権は、偽情報・ヘイトスピーチ対策の強化を積極的に進めており、EUとの連携も深めています。背景には、2023年に発生した議会襲撃事件など、偽情報によって国家機能が揺らいだ苦い経験があります。こうした流れの中で、ブラジル最高裁はSNSアカウントの削除命令に従わなかったとして、X(旧ツイッター)のサービスを1カ月間にわたり国内で停止させる措置を取りました。

しかし、米国側の視点では状況は異なります。トランプ大統領はこの対応を**「不法な検閲」**と非難し、自身のSNS運営会社がブラジル最高裁の判事と法廷で争っている状況も相まって、50%関税を正当化する政治的根拠としてこの問題を持ち出しています

両国とも「社会秩序の維持」という名目では一致しているものの、その手法や制度設計は大きく異なっており、表現の自由と情報統制のバランスをめぐる価値観のズレが、外交関係にまで影を落とし始めています。

2‑3 ボルソナロ裁判が映す分断──支持と批判、法廷と街頭で交錯する民意

ボルソナロ前大統領は、クーデター計画への関与や宝飾品の横領など、複数の疑惑により2025年3月に裁判が開始されました。判決次第では最長で40年を超える禁錮刑となる可能性もあるとされ、2024年には国外逃亡を懸念されパスポートも没収。さらにハンガリー大使館への短期滞在が「亡命準備ではないか」との臆測を呼びました。

こうした動きに反発する形で、支持者らは2025年4月に約4万5千人規模のデモを展開し、「右派の自由が制限されている」と声を上げています。一方で、SNSの利用制限後に実施された調査では、**約3割の利用者が「メンタルの改善を感じた」**との結果も報告されており、社会の分断が可視化される結果となりました。

ひとつの刑事事件が、司法・政治・メディアを巻き込む形で国家全体を揺さぶっていると言っても過言ではありません。

2‑4 産業界が受ける三重の衝撃──通貨・物価・雇用に波及する関税の影

50%関税の発表を受け、ブラジル産業界は即座に反応しました。全国工業連盟(CNI)は「米国は中国に次ぐ大きな輸出市場であり、影響は計り知れない」との見解を示し、鉄鋼協会も「中国からの輸入攻勢で国内市場が疲弊している中、米国からの締め付けが加われば回復の糸口すら見えない」と危機感を強めています。

為替市場も敏感に反応し、発表直後にはレアルが1ドル=5.6台まで急落。ブラジル経済の対外依存構造や、米中摩擦が再燃する懸念が背景にあると分析されており、景気後退が意識されたことが通貨売りにつながったと指摘されています。

ただし、見方は一様ではありません。中国との貿易依存が大きいことから「今回の関税の実体経済への影響は限定的」とする市場関係者も存在しています。とはいえ、レアル安が輸入コストを押し上げ、インフレ圧力を強める構造的リスクは否定できず、中央銀行による金利引き上げといった政策対応が、企業の資金繰りに影響を及ぼす可能性も見込まれます。

2‑5 報復措置と供給網の再編圧力──“漁夫の利”の終焉が迫る

ルラ大統領は米政権による高関税措置に対して「ばかげた行動だ」と強く非難し、必要に応じて報復措置も辞さない構えを見せています。もしブラジルが関税対抗措置に踏み切れば、その影響は中南米全体の供給網に及ぶ可能性があります。

近年、米中対立の副作用として、ブラジルは中国向けの農産品輸出において恩恵を受けてきました。いわゆる“漁夫の利”の状態です。しかし、米国が中国への迂回輸出対策を強化する中で、ブラジル—中国間の輸送ラインも新たな規制対象となる可能性が現実味を帯びてきました。

さらに、メキシコ経由での迂回輸出にもすでに対策が講じられており、鉄鋼・農産品といった主要品目が行き場を失えば、価格の変動や物流の再設計といったコストが企業を直撃することは避けられません。

関税は外交の「カード」とされることもありますが、その裏では企業に対して**“サプライチェーン再設計”という重い宿題**が課される現実がある点も見逃せません。

第3章|“50%ドミノ”が照らす供給網リスク──相互関税の拡散と企業の次の一手

3‑1 ブラジル以外の7カ国──20〜30%関税が示す政治的シグナル

トランプ政権は、ブラジルを筆頭に計8カ国に新たな相互関税を一斉に通知しました。ブラジルの関税率が50%と突出する一方、その他の国々にはそれぞれ異なる税率が適用されています。具体的には、フィリピンが20%、ブルネイとモルドバが25%、スリランカ・アルジェリア・イラク・リビアには30%が設定されています。

対象地域は東南アジア、東欧、南アジア、北アフリカ、中東と地理的に広く分散しており、特定の経済圏やブロックを標的とした措置ではないことがうかがえます。ただ、こうした多国籍への同時的な関税発動に共通するのは、「米国の輸出入バランスが不利であると政権が判断した」という点に尽きると考えられます。

関税率のばらつきは、ある意味で外交交渉の“温度”や“余地”を映す指標とも言え、今後ほかの国・地域が自国の扱いを推し量る際の基準となるかもしれません。こうした構造が広がれば、**貿易交渉の序列化=「関税ランク」**という新たな圧力構造が制度的に定着する懸念も出てきます。

3‑2 米EU“デッドライン交渉”──タイムラインに仕込まれた駆け引き

EUとの関税交渉は、米政権にとっても極めて戦略的な意味を持ちます。交渉はすでに数か月にわたって継続しており、「発動の延期」と「条件の擦り合わせ」を繰り返す消耗戦の様相を呈しています。

  • 5月末:トランプ政権が「6月1日に50%関税を発動」と表明
  • その後:EU側の要請を受けて7月9日まで延期
  • 7月8日:大統領がEUへの新税率通知を「2日後に送付する」と発言し、さらに引き延ばしの可能性を示唆

この間、交渉の主な争点は以下のとおりです。

  • 自動車関税:欧州メーカーが米国内での生産量を増やせば、一部関税を緩和するという案が浮上
  • 半導体・医薬品関税:EUは一部品目での協調的な関税引き下げを求める姿勢
  • デジタル課税:EU側は「貿易交渉の枠外」と主張し、摩擦が継続

注目すべきは、デッドラインそのものが“交渉材料”となっている点です。期日が延長されるたびに、企業の調達計画や出荷手配は後ろ倒しとなり、在庫管理やコスト負担が不安定になります。物流現場では、交渉中の税率一つで港湾や倉庫のオペレーションが大きく左右されるという現実があるのです。

3‑3 企業対策① “迂回貿易”に活路を見出す現場の現実

関税率の急変に対して、企業はまず**「既存スキームの延命」を図ろうとします。その代表例が迂回貿易**の活用です。関税回避のために製品の原産地や通過経路を再構成する動きは、新たな「地政学的物流戦略」として現場で定着しつつあります。

  • 東南アジア経由のスキーム:中国製品がASEANの自由貿易枠組みを利用し、現地ラベルに貼り替えてから米国に出荷される例が増加
  • 「日本経由」の組み換え:関税率が相対的に低い日本にいったん輸出し、そこから米国へ再輸出する“日本サンドイッチ”型の構図が浮上
  • 二重倉庫モデル:一時保管倉庫での原産地証明“洗い替え”により、形式的な原産国の変更を図る動きも一部で見られる

こうした手法は必ずしも違法とは限らないものの、規制強化が進めば通関審査は厳格化し、結果として物流費・検査費・手続きコストの上昇を招くことになります。最終的に、こうしたコストは川下の中小企業や消費者に波及しやすいという構造にも注意が必要です。

3‑4 企業対策② 生産移転による関税回避と供給網の再構築

関税リスクが中長期的に定着するとの見方が強まるなか、企業は拠点そのものを移すという根本的な対応策に踏み切るケースも増えています。いわゆる「現地化」「国内回帰」「地域分散」が並行的に進行しているのが特徴です。

  • ベトナムへのシフト:スマートデバイスや家電製品の生産が集中し、ベトナムの対米黒字は2024年に1,000億ドルを突破
  • 日本回帰の加速:自動車部品や精密製品の生産拠点が中国から国内へ戻り、雇用と技術の「逆輸入」が進行
  • 米国内生産の維持・再強化:一部の部品メーカーは減産予定を撤回し、米国内での生産維持を選択
  • 半導体の“日台リンク”:熊本工場などを通じ、日台連携による東アジア製造網の強化が進展中

いずれの事例にも共通するのは、「関税というリスクをコストとして“保険化”する」という判断です。短期的には設備投資が嵩むものの、長期的には通関の不確実性を低減し、為替・規制・物流のリスクもあわせてヘッジする効果が期待されます。

3‑5 WTO機能不全とMPIA──通商ルールの“空白”に潜む構造リスク

本来であれば、通商紛争の最終判断はWTOに委ねられるべきですが、現在のWTOはその役割を果たせていません。上級委員会が米国の反対で機能停止状態にあるため、事実上「最終審判」が下りない構造が続いています。

この状況を補完する形で、EUや日本などは**MPIA(多国間暫定上訴仲裁)**への参加を通じて、一種の“補助制度”を構築しています。しかし、米国はこの枠組みに参加しておらず、相互関税をめぐる紛争もMPIAの外に置かれたままです。

その結果、現在の制度下では、国際的に関税措置の正当性を問うルートが断絶されていると言っても過言ではありません。制度的な空白が放置されれば、関税発動が常態化し、各国が独自の報復関税を重ね合う「関税の無法地帯」が拡大する恐れもあります。

仮にMPIAの参加国が増えて影響力を持ち始めた場合には、WTOの枠内に“二重構造”が形成されるリスクもあり、通商ルールの多層化が進行しかねません。企業としては、法的リスクの所在が複数化する未来に備え、法域ごとの対応力を強化しておく必要があるといえるでしょう。

免責事項

本記事は2025年7月時点の公表情報をもとに執筆されたものであり、内容の正確性・網羅性を保証するものではありません。
掲載された見解や推論はあくまで執筆時点での一般的な分析であり、特定の政策判断・投資行動を促すものではありません。実際の対応に際しては、必ず専門家や関係機関の公式情報をご確認ください。

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