第1章|急成長する充電デバイス市場と企業拡大の構図
モバイル電源需要を押し上げた生活スタイルの変化
ここ数年、私たちの暮らしにおける「電力を持ち運ぶニーズ」は着実に高まり続けてきました。その背景には、単一の要因ではなく、生活環境・働き方・防災意識といった多様な変化が複合的に影響しているとみられます。
まず、コロナ禍以降のテレワーク普及や外出自粛によって、自宅で長時間過ごす時間が増えたことが挙げられます。PCやスマートフォンなど、常に電源を必要とする機器に囲まれる中で、停電や通信トラブル時にも使える「バックアップ電源」としてモバイルバッテリーを常備する人が増えたという印象は否めません。
また、働き方においてはオフィスの「フリーアドレス制」が定着しつつあります。これに伴い、決まった場所に電源を確保できないという問題が顕在化し、結果として社員一人ひとりがポータブル電源を持つニーズが生まれています。デバイスに縛られず、どこでも仕事ができる環境整備の一環として、企業側が積極的にモバイルバッテリーを導入するケースもあるようです。
さらに見逃せないのが、自然災害への備えです。地震や台風による停電時の非常用電源として、ポータブル電源を備蓄する家庭が増えてきました。大規模災害のたびに販売数が跳ね上がるという現象は、もはや一時的なトレンドではなく、備えとしての定着を感じさせるものです。
これらの現象を整理すると、「日常」だけでなく「非常時」にも対応可能な電力ソリューションとして、モバイル電源の需要は中長期的に底堅いものになると考えられます。
“手頃・高機能”戦略が獲得したシェア40%の意味
一方で、こうした需要に的確に応える製品群がなければ、市場の成長は限定的なものにとどまります。実際に現在のモバイルバッテリー市場においては、ある中国系の充電関連メーカーが国内シェアの4割を占めるに至っています。その背景には、「価格の手頃さ」と「必要十分な機能性」を両立させた製品戦略があります。
原材料価格が高騰するなか、同社は比較的安価な価格帯を維持しつつ、大容量かつコンパクトな製品の開発を進めてきました。これにより、単なる安さだけでなく、「持ち運びやすく、それでいてしっかり充電できる」という消費者の根源的ニーズに応えることができたのです。
また、ワイヤレス充電への対応や無接点給電といった技術的進化にも対応し、見た目のシンプルさや取り扱いやすさといった“ユーザビリティ面”でも評価されてきました。高価格帯製品への抵抗感が残る中で、ミドルレンジでありながら多機能という絶妙な位置づけは、価格に敏感なユーザー層を引き寄せたとみられます。
市場において40%というシェアは、単なる一時的なブームでは実現できない数字です。製品力と価格政策、さらにはマーケティングの精度が相まってこそ、初めてここまでの支持を得られるものと言えるでしょう。
売上高7割増が示す拡大ドライバー
このような製品戦略が功を奏し、対象企業は前年比で約47%の売上増を達成しています。絶対額にしても700億円台後半という水準に到達しており、急成長ぶりがうかがえます。さらに、数年内に1,000億円規模を目指すという方針が示されており、その実現性にも一定の説得力が感じられます。
では、なぜここまで短期間で売上を伸ばすことができたのか。その鍵となるのが、市場全体の成長性です。スマートフォンの高機能化とバッテリー消耗の加速、SNSや動画視聴の常態化、さらにはアウトドア需要の拡大など、多方面からの電力需要が同時に押し寄せています。
特に注目されるのは、「スマートフォン利用時間の長時間化」と「買い替えサイクルの長期化」です。これにより、バッテリーの劣化を感じるユーザーが増加し、補助的にモバイルバッテリーを活用するケースが一般化してきました。また、レンタルサービスの普及により、モバイルバッテリーが“使い捨てではないインフラ”としての地位を築きつつある側面も否定できません。
市場全体の動きを見ると、今後数年でさらに30%程度の成長が見込まれています。このような外部環境の追い風を受けつつ、企業は製品ラインナップをイヤホンや掃除ロボットといった周辺ジャンルにも広げており、クロスセルによる収益拡大も視野に入れているようです。
成長戦略においては、「需要があるから供給する」のではなく、「供給することで新たな需要を喚起する」フェーズに入ったとも言えるかもしれません。
第2章|リコール発生のメカニズム:サプライチェーン管理の盲点
リチウムイオン電池に求められる管理水準
急速に普及した充電機器の陰で、製品の「安全性」への目配りが十分だったかを問う声が強まっています。とりわけ、リチウムイオン電池を内蔵するモバイル電源は、その利便性ゆえに身近な存在となりましたが、一方でその構造上、極めて高い品質管理が求められる製品でもあります。
内部に蓄えたエネルギーが大きい分、わずかな異常が発火や爆発といった重大事故につながるおそれがあるためです。実際、過去には大手メーカー製のノートパソコンやスマートフォンなどでも、リチウム電池の欠陥による大規模な回収が行われた例が複数あります。
このようなリスクを踏まえ、製造段階ではセル(電池の構成部品)単位での品質管理や、異物混入の防止、生産工程の自動化など、多段階にわたる管理体制が確立されてきました。加えて、製品として市場に出す前の最終検査においても、充放電特性・温度変化への耐性など、技術的な確認項目は多岐にわたります。
しかし、どれだけ設計が優れていても、その品質がサプライヤー段階で確保されていなければ、最終製品としての安全性は担保できません。まさに今回のような事例では、その点が大きな課題として浮かび上がったと言えるでしょう。
サプライヤー監督不足が引き起こした内部短絡リスク
実際のリコールに至ったケースでは、製品に組み込まれたリチウムイオン電池の部材に、設計上の安全基準を満たさない素材が含まれていたことが原因とされています。このような状況が発生した背景には、製造委託先に対する管理や、現場での品質監査の仕組みに不備があった可能性が高いとみられています。
電池内部で発生するショート(内部短絡)は、極めて重大なトラブルにつながります。わずかな導電性異物の混入、絶縁性能の不足、あるいは製造工程での圧力不均衡など、ほんの少しのずれが高温発熱を引き起こし、最終的には発火に至るおそれがあるためです。
こうした危険性があるにもかかわらず、今回のケースではサプライヤーの選定後に十分なモニタリングが行われていなかったとされ、特定製品においては数十万個単位の大規模な自主回収を余儀なくされました。しかも、その後に同様の問題が海外市場でも発覚し、合計で70万個を超える回収が行われたことからも、管理体制の不備が単発的なものではなかった可能性を示唆しています。
このような構造的な管理の緩みは、製造委託の多層化・国際分業化が進む中で見落とされがちな点です。信頼性の高い製品であっても、その裏側にあるサプライチェーンの実態を把握していなければ、いつの間にかリスクの火種が積み重なってしまう――今回の事案はその典型的な教訓として捉える必要があるかもしれません。
数十万個規模の自主回収が業界最大級となる理由
今回のリコールが注目を集めたのは、その規模感にあります。日本国内だけでも数十万個に及ぶ製品の回収が公表されており、これはこれまでの類似製品の回収事例と比較しても最大級の規模と位置付けられます。
過去には、同様にモバイルバッテリーを原因とするリコールとして20万個超の回収が行われた例もありますが、それを明確に上回る数量が対象となったことで、業界関係者や流通関係者の間にも強い衝撃が走りました。
なお、回収の範囲は一国にとどまらず、同一企業が他国でも同様の製品を回収対象としており、総計では70万個を超える製品が回収対象となっています。これは、単一ブランドが単一カテゴリで行う自主回収としては、きわめて異例の規模と評価されるものであり、製品のライフサイクルマネジメント全体を見直す契機になり得ると考えられます。
このような背景を踏まえると、モバイル電源という比較的身近な製品であっても、構成部品レベルでの品質管理が欠けるだけで、企業全体の信用に関わる問題へと直結するということが、あらためて明らかになったと言えるでしょう。
第3章|ブランド毀損と再発防止策:拡大路線に潜む試練
安全性への信頼が揺らぐとき何が起こるか
製品リコールがもたらす影響は、単に在庫の回収や費用負担にとどまりません。とりわけ、ユーザーとの信頼関係を基盤とするコンシューマーブランドにとって、安全性への疑念は市場での地位を根本から揺るがす要因となり得ます。
特に充電関連製品のように、生活に密着し、かつ潜在的なリスクを伴う商品では、消費者が抱く安心感そのものが選択基準となります。一度その安心が揺らぐと、「また同じことが起きるのではないか」という不安が残り、仮に後続製品が安全であっても、購買行動にまで至らないケースが見受けられるようになります。
こうした状況は、ブランド戦略全体に対しても負の影響を及ぼします。製品そのものだけでなく、企業としての姿勢や透明性、そして再発防止への取り組みに対しても、消費者は敏感に反応します。その意味で、事故発生後の初動対応や情報公開の姿勢は、ブランド価値の維持に直結する極めて重要な要素といえます。
サプライヤー変更と監督体制強化の実務ポイント
リスクへの対応策として最も即効性があるのは、問題の発端となった供給体制の見直しです。今回のケースでは、品質基準を満たさない部材を使用していたサプライヤーが明らかとなり、企業側はこの委託先の変更を決定しました。これは一時的な対処にとどまらず、将来的な品質事故の再発を防ぐうえでも極めて重要な判断と位置付けられます。
新たなサプライヤーを選定する際には、品質管理体制の整備状況や生産能力の安定性、さらに過去の取引実績といった点を慎重に検討する必要があります。併せて、契約条件の見直しにより、品質管理に関する条項を強化することも求められます。例えば、定期的な抜き取り検査の権限や、不具合時の責任分界の明確化などは、リスクを未然に制御する上で有効な手段となり得るでしょう。
また、委託先に対する監督体制の構築も不可欠です。専門部署を設置し、サプライヤーに対する定期監査を実施する体制を整えることが、品質の平準化と継続的な改善につながります。必要に応じて、外部機関による第三者監査を取り入れることで、客観性のある管理が可能となるでしょう。
“拡大と品質”を両立させるための内部統制チェックリスト
企業が急拡大を続けるなかで、品質リスクをいかにして制御するか。この命題に対し、現実的かつ実行可能なフレームワークとして、内部統制の観点から以下のようなチェックリストを整備しておくことが望まれます。
サプライヤー管理に関する視点
- 品質基準の明文化と遵守義務の明示はなされているか
- サプライヤー選定時に、品質体制・生産実績・供給安定性を総合評価しているか
- 契約条件に品質検査、監査権限、責任分担などの条項が盛り込まれているか
- 監査体制が整備され、定期的な実地確認が行われているか
社内体制に関する視点
- サプライヤー監督の専門部門が設置され、機能しているか
- 品質リスクに関する社内教育が体系化されているか
- 不具合発生時の情報共有フローと初動対応マニュアルが整備されているか
- 品質評価結果を経営層へ定期的に報告する仕組みがあるか
これらの項目は一見すると基本的なものばかりですが、拡大路線を続ける企業にとっては、あらためて足元を見直すための有効な指標になり得ます。安定した品質の上に成り立つブランド信頼を守るためには、技術やコスト競争力と同等以上に、このような仕組みの維持が重要であるといえるでしょう。
免責事項
本記事は、公開情報および信頼性のある業界資料に基づき執筆された一般的な情報提供を目的とするものです。記載された内容は、特定の企業や製品に関する評価や断定的な判断を示すものではなく、実際の経営判断や品質管理体制の構築に際しては、専門家の意見や最新の情報をもとに個別にご判断ください。
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