第1章|ペアローン急増の背景と実態
~共働き時代の住宅ローン戦略とは~
首都圏で4割に迫るペアローンの現実
新築マンションの購入を検討する際、共働き世帯の多くが直面するのが「いくらまで借りられるか」という現実的な問題です。近年、こうした世帯の間で利用が増えているのが「ペアローン」と呼ばれる住宅ローンの組み方です。
2024年には、首都圏における新築マンション購入者のうち、およそ37%が夫婦で別々にローン契約を結ぶペアローンを利用しています。関西圏でも25.2%に達しており、どちらの地域も過去最高水準です。2018年以降、調査のたびに上昇を続けてきたこの比率は、夫婦で家計を支えるという現代の住宅取得スタイルの象徴とも言えるでしょう。
さらに注目すべきは、ペアローンだけでなく、片方が主たる債務者となり、もう一方が収入合算者や連帯債務者となる「収入合算」を含めると、首都圏では約4割の世帯が夫婦共同で借入を行っているという点です。これはもはや“特殊な選択”ではなく、一定の標準的な選択肢になりつつあります。
マンション価格の高騰が生んだ「2人で買う」時代
こうしたペアローンの広がりの背景には、新築マンション価格の大幅な上昇があります。特に東京23区では、2023年度に平均価格が1億円を超えるという水準に達し、1人の収入では手が届きにくい水準になりつつあります。
当然、住宅ローンの借入額も膨らむため、夫婦2人分の収入を合算しなければ現実的に購入が難しいという構図が生まれます。加えて、若年層女性の正規雇用率の上昇もあり、以前よりも安定した収入を持つ共働き世帯が増加傾向にあることも、ペアローン利用を後押ししている要因の一つと見られます。
また、借入額の増加に伴って返済期間を延ばすケースも少なくありません。2024年時点では、ペアローンを組んだうえで返済期間を35年超に設定する割合が6%近くに上り、20代に限っては10%超という結果も出ています。こうした“超長期返済型”の組み方が、将来の売却や住み替えを前提とした戦略の一環として使われている可能性もあります。
ペアローンと収入合算、それぞれの特徴
夫婦で住宅ローンを組む際には、「ペアローン」と「収入合算」の2つの手法があります。それぞれの契約形態や特徴には明確な違いがあるため、事前に理解しておくことが欠かせません。
ペアローンとは、夫婦それぞれが個別にローン契約を結ぶ方法で、2本のローンが並行して走る形になります。この場合、物件の所有権も夫婦で共有されることが一般的で、住宅ローン控除についてもそれぞれが受けられるのが特徴です。また、団体信用生命保険(団信)にもそれぞれ加入するため、片方に万が一の事態があった際は、その分のローンだけが保険で完済される仕組みです。
一方の収入合算は、夫婦のどちらかが主たる債務者となり、もう一方が連帯債務者または連帯保証人として加わる方式です。この場合、ローンの契約は1本のみとなるため、住宅ローン控除は原則として主たる債務者のみに適用されます。ただし、連帯債務の場合には一定の条件下で双方が控除を受けられるケースも存在します。
契約数や控除の扱い、保険の適用範囲といった制度面の違いに加え、離婚時のリスクも考慮が必要です。特にペアローンの場合、所有権の分割やローン残高の負担割合など、話し合いが複雑化しやすい側面もあります。
超長期返済は若年層ほど顕著に
もう一つ顕著なのは、20代の若年層が“35年超”の返済期間を選ぶ割合が他の世代と比べて高い点です。背景には、住宅価格の上昇に加えて「今のうちに買って将来売る」という発想があるとも考えられます。つまり、将来的な売却益を見込んだ資産形成の一環として、長期ローンを利用する層が一定数存在しているということです。
ただし、返済期間を50年にまで延ばすとなれば、定年後までローンが続く可能性も視野に入れなければなりません。その場合、年金での返済となるリスクや、定年後の収入計画にまで影響が及ぶため、繰り上げ返済など柔軟な対応策も重要になってくるでしょう。
第2章|変動金利時代のリスクマネジメント
~低金利の恩恵と見えにくい落とし穴~
金利差が選択に与えるインパクト
住宅ローンを選ぶ際、多くの方がまず注目するのが「金利の低さ」かもしれません。実際、変動金利型の住宅ローンは固定型よりも低い金利が提示されることが多く、目先の返済負担を抑えたいと考える方にとっては非常に魅力的な選択肢といえます。
ここ数年は、変動型と固定型の金利差が1%を超える水準で開いており、2024年初頭には約1.5%差まで拡大した時期もありました。このような差があれば、「まずは変動型で負担を減らしたい」と考えるのも自然な流れです。ただし、将来的な金利変動の影響をどこまで織り込んで意思決定するかは、別の判断軸になります。
特に、金利差が大きい時期には、固定金利の割高感が際立ちやすく、変動型への偏りが生じやすい傾向があります。こうした環境下では、リスクを抑えるための対策を同時に講じておくことが重要です。
借入額と金利タイプの関係──「3000万円の壁」
住宅ローンの金利タイプ選択において、ひとつの転機となる金額が「3000万円」と言われています。この金額を超えると、変動型金利を選ぶ人の割合が急増するという傾向が複数の調査結果から読み取れます。
その背景には、借入額が増えるほど毎月の返済額も上昇し、それに伴って「少しでも金利が低い方が安心」といった心理が強く働くことがあるようです。たとえば、3000万円を全期間固定で借りた場合の返済額が年間で100万円を超えるという現実は、多くの方にとって心理的ハードルとなり得ます。
また、住宅ローンにおける「年収倍率」という概念からも、3000万円はひとつの分岐点と考えられます。年収倍率は、借入額が年収の何倍かを示す指標で、一般的には7倍を超えると返済負担が重くなる傾向があるとされます。平均的な給与水準から逆算すると、3000万円前後でこの上限に達するケースが多くなるため、ここを境に「少しでも金利が低いほうへ」と考える傾向が強まるのかもしれません。
金利上昇が与える返済への影響
仮に住宅ローンの金利が0.25%上昇した場合、返済額への影響は借入額によって異なります。具体的には、3000万円の借入で月額の返済が約5000円、4500万円なら約8000円増加するという試算があります。
このように、金利上昇の影響は一見すると小さく感じられるかもしれませんが、35年といった長期ローンでは総額にすると100万円を超える負担増につながることもあります。また、変動型の金利は半年ごとに見直されることが多いため、複数回の利上げが行われた場合には、影響が累積していく可能性にも留意が必要です。
とりわけ返済初期は元本があまり減っていないため、金利上昇のインパクトが大きくなります。これは、金利負担が総返済額に占める割合が初期に集中しやすいためで、金利変動に対する感度が高くなる時期でもあります。
5年ルールと125%ルール──緩和措置の有無を確認
変動金利型住宅ローンを選ぶ場合には、返済額の変化に関するルールの有無を確認しておくことが大切です。代表的なのが「5年ルール」と「125%ルール」と呼ばれる仕組みです。
5年ルールとは、たとえ金利が変動しても、毎月の返済額は原則として5年間変わらないという仕組みです。一方、125%ルールは、返済額の増加幅を直前の返済額の125%までに抑えるという制限です。これらのルールがあることで、急激な金利上昇による返済負担の跳ね上がりを一定期間回避できます。
ただし、これらの制度が適用されない金融機関も存在します。その場合、金利の変更と同時に返済額が即座に変わるため、家計に与える影響も即時的かつ大きくなる点には注意が必要です。
減税メリットの変質──「借り得」の終わり
従来、住宅ローン減税により、ローンの年末残高に対して一定の控除が受けられるため、実質的にマイナス金利となる局面もありました。こうした状況を「借り得」と呼ぶこともあります。
しかし、最近の金利動向を見ると、変動型ローンの金利が控除率(0.7%)を上回る局面が増えつつあります。この場合、税控除の恩恵よりも金利負担のほうが上回ることになるため、借り得とは言えない状況になります。
今後、こうした傾向が続くのであれば、繰り上げ返済を視野に入れた対策や、固定型への借り換えを検討する選択肢も現実的になってくるでしょう。特にローン残高が多い時期においては、こうした見直しの効果も大きくなります。
第3章|ライフプランから逆算する返済と資産形成
~返済可能性を支える「暮らし」の設計とは~
出産・転職・住み替え…ライフイベントは返済計画とセットで考える
住宅ローンを組む際には、現時点の収入や貯蓄額に目を向けがちですが、長期的には「夫婦のこれから」も視野に入れることが不可欠です。特に共働き世帯においては、出産・育児・転職・転居など、人生の転機が収入や支出に大きく影響することがあります。
たとえば、出産を機に妻が産休・育休を取得し、その後は時短勤務や職場復帰の遅れがある場合、一時的に世帯収入が減少する可能性があります。転職によって年収が上がることもあれば、試用期間や業務内容の変更によって予想外の変動が生じることも考えられます。また、子どもの成長にあわせて住み替えを検討する場合、住宅の売却価格とローン残高のバランス次第では、次のステップに進みづらくなるリスクも出てきます。
このように、将来起こり得るイベントと資金計画は不可分の関係にあります。住宅ローンは単に「借りられる額」ではなく、「変化のある人生の中で返していける額」を基準に設計する必要があります。
繰り上げ返済の効果とタイミングを見極める
長期の住宅ローンを組んだとしても、繰り上げ返済をうまく活用することで、総支払利息を大幅に減らすことが可能です。特に返済初期の段階では元金があまり減っていないため、早めの繰り上げによる利息軽減効果は大きくなります。
一方で、繰り上げ返済にはまとまった資金が必要となるため、実行のタイミングは重要です。収入が増加したタイミング、あるいはボーナスなどの臨時収入があった際に、手元資金に余裕を持たせながら計画的に行うことが求められます。また、固定費の削減や教育費・老後資金の確保など、他の家計項目とのバランスも見ながら判断することが大切です。
なお、住宅ローン控除の適用期間中に繰り上げ返済を行うと、控除額が減る可能性もあります。そのため、税制上のメリットと利息軽減の効果を比較したうえでの意思決定が求められます。
金利上昇に備えるための家計防衛策
金利が上昇した際に真っ先に影響を受けるのは、当然ながら住宅ローンの返済額です。特に変動金利型を選んでいる場合には、数年後の金利変動が家計にじわじわと影響してくることも想定されます。
このリスクに対抗するためには、まず貯蓄の厚みを意識することが基本です。生活費の半年〜1年分を現金や流動性の高い預金で確保し、それ以外は適度に運用して備えるというスタンスが一定の現実性を持つ方法の一つです。
たとえば、個人向け国債の変動型10年や外貨建てMMFのような金利変動に対応しやすい金融商品を活用するケースもあります。資産形成の方針に正解はありませんが、「いざという時に取り崩せる現金があるかどうか」が住宅ローン返済を支える生命線となります。
キャリア設計が世帯収入の未来を左右する
返済能力の根幹を支えるのは、言うまでもなく収入です。住宅ローンを安定的に返済していくためには、世帯全体としての稼ぐ力を維持・強化していく視点が欠かせません。
そのためには、キャリア自体を長期目線で設計する必要があります。スキルの習得や資格の取得、リスキリング(学び直し)などを通じて、自身の市場価値を高めていく努力が求められます。特に夫婦で働く場合は、どちらか一方に家事や育児の負担が偏らないよう、ライフイベントを見据えた分担計画を話し合っておくことも有効です。
また、企業によっては社内副業制度や希望部署への公募制度など、キャリアの自由度を高める取り組みも広がっています。こうした制度を柔軟に活用しながら、家計の安定とキャリアの成長を両立させることが、長期的な返済計画の信頼性にもつながっていくでしょう。
万が一に備える保険の活用と制度理解
病気や失業といった突発的な事態は、どの家庭にも起こり得るリスクです。こうした不測の事態に備えるためには、民間の就業不能保険や所得補償保険の活用も視野に入れておく必要があります。
また、公的な制度として、傷病手当金や高額療養費制度、雇用保険の失業給付などもあります。これらの制度を十分に理解し、該当する条件を確認しておくことで、万一の際にも家計を一定程度支えることができます。
一方で、過度な保険加入によって日常の支出が圧迫されると本末転倒です。保障と支出のバランスを取りながら、必要最小限の設計を心がけることがポイントになります。
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