第1章|赤字国債とは何か──制度的背景と建設国債との対比
歳入不足にどう対処するのかという根本的な問い
財政運営において、支出と収入のバランスを保つことは極めて基本的な原則です。しかし現実には、税収やその他の収入だけでは予算を賄いきれない年もあります。そうした歳入不足を補う手段として登場するのが「赤字国債」です。この赤字国債は、いわば“現金収入が足りないときに一時的に借金で埋め合わせる”という性質のものですが、その発行には厳格なルールが課されています。
法律上は原則として「発行不可」という出発点
国債にはさまざまな種類がありますが、大きく分類すると「建設国債」と「赤字国債」に分けられます。財政法の規定では、本来、国債は公共事業など将来の資産形成に結びつく支出に対してのみ発行が許されており、これが建設国債です。一方で、福祉、教育、防衛などの経常的な支出、つまり“使って終わり”となる支出を埋めるために発行する赤字国債は、原則として法律では認められていません。
このような制限がある背景には、赤字国債の乱用を防ぎ、将来世代への財政負担を最小限に抑えるという考え方があります。すなわち、短期的な資金繰りに頼りすぎず、財政の健全性を中長期的に維持することが国の基本姿勢として求められているのです。
特例公債法という「例外のルール」
では、実際にはどうして赤字国債の発行が認められているのでしょうか。それを可能にするのが、「特例公債法」という特別な立法措置です。これは、財政法の原則に対して一時的に例外を設けるための法律であり、毎年度の予算編成に合わせて個別に制定されます。
特例公債法の制定は、単なる手続きというよりも、政治的・社会的なコンセンサスの表れでもあります。国会での議論や合意形成を経て、一定の必要性が認められた場合に限って赤字国債の発行が可能となる仕組みです。このプロセスを通じて、「やむを得ない赤字補填」であることを国として明確にする意図が含まれているといえるでしょう。
赤字国債と建設国債の根本的な違い
赤字国債と建設国債の違いは、単に法的な発行根拠だけにとどまりません。目的そのものが根本的に異なっています。
建設国債は、道路・橋・港湾・教育施設などのインフラ整備に充てられるものであり、将来世代にも資産として残る性格を持ちます。つまり、「支出=将来の便益」として位置づけられるわけです。一方で赤字国債は、現年度の財政収支の不足分を補うために使われることが一般的です。したがって、支出の対価が形として残らないことが多く、財政的には「消費的支出の穴埋め」とみなされます。
このように、赤字国債は未来に資産を残すわけではなく、将来の納税者に返済義務だけを引き継ぐという構造になっています。だからこそ、発行に対して慎重な議論が必要であり、政府は毎年の特例法制定を通じて「なぜ今年も発行が必要なのか」を正当化していく必要があります。
社会に与える意味──制度設計の緊張感
赤字国債の発行は、一時的な景気対策や予期せぬ災害対応など、やむを得ない状況では重要なツールとなります。しかし、それが恒常化するようであれば、財政規律の形骸化が懸念されることになります。
とりわけ、税収を超えた支出を補填し続ける構造が長期化すれば、国家財政の持続可能性そのものが問われることになります。こうした背景から、赤字国債の発行を許容する法的仕組みはあくまで例外であり、「将来の信頼性を犠牲にしてでも今日を優先することが適切か」という問いを常に伴っています。
結びにかえて
本章で見てきたように、赤字国債は、財政上の制約を乗り越えるための非常手段として制度上位置付けられています。その発行には、単なる手続きではなく、政治的責任と社会的信頼が強く問われるのです。そして、この制度の裏側には、「将来世代との約束をどう守るのか」という、国家としての真摯な問いが常に存在しています。
第2章|2025年度の国債発行計画──数字で読み解く財政現況
新年度予算に見える発行の全体像
2025年度の当初予算では、国債の新規発行総額が28.6兆円程度と見込まれています。この金額は、17年ぶりに30兆円を下回る水準であり、表面的には財政規律が回復傾向にあるようにも映ります。
しかしながら、この減少が即座に健全化を意味するかといえば、やや慎重に見る必要があります。建設国債が約6.8兆円、赤字国債が約21.9兆円とされており、依然として歳出の大部分が国債によって賄われている構図は変わっていません。つまり、総額として抑制されたとしても、その中身を見れば「構造的な依存体質」は依然として継続していると読み取れます。
赤字国債と建設国債の内訳と比重
今回の発行額を見ると、建設国債はインフラ整備など将来に残る資産形成に充てられる一方で、赤字国債は税収では賄いきれない恒常的な支出を補う目的で使われています。注目すべきは、全体の約8割を赤字国債が占めている点です。
この比重の偏りは、単に一会計年度の特性ではなく、長期的な歳出構造のゆがみを反映しているようにも思えます。たとえば、景気対策や物価対応の一時的措置であれば、建設国債とのバランスが取られていてもおかしくありませんが、赤字国債の比率が突出して高いことは、財源不足が恒常化していることを示している可能性もあるでしょう。
普通国債残高1,129兆円という水準の意味
2025年度末の見込みでは、赤字国債を含む普通国債の残高は1,129兆円に達する見通しです。この規模感は、過去の水準から見ても突出しており、わが国の財政がいかに国債発行に依存しているかを如実に物語っています。
もちろん、経済全体の規模(GDP)との相対比較や国債の金利動向などによって「重さ」の意味合いは変わってきます。ただ、金額の積み上がりそのものが将来的な利払い負担の増大につながることは避けられず、財政の弾力性を徐々に損ねていく構造を生み出している可能性があります。
なぜ30兆円を下回ったのか──税収動向の背景
今回の新規発行額が30兆円を切った背景としては、税収の上振れが挙げられます。具体的には、2025年度の税収は過去最高水準の78.4兆円程度に達する見通しとなっており、これは物価上昇や企業業績の改善、そして定額減税の終了による影響などが複合的に作用した結果です。
税収が増えるということは、歳入のうち「将来返済の必要がない収入」が増えることを意味しますので、一時的には国債発行を抑える要因となり得ます。ただし、この傾向が中長期的に続く保証はなく、仮に景気が下振れした場合には、再び国債依存度が高まるリスクも残ります。
年度内補正による追加発行の動向
一方で、当初予算における国債発行額が抑制されているからといって、年間を通じた発行総額が減少しているとは限りません。たとえば2024年度の補正予算では、追加で約6.7兆円の新規国債が発行され、そのうち赤字国債が過半を占めています。
これはつまり、「予算編成時点では抑制的に見せつつ、年度途中で政策対応のために追加的な債務を発行する」という構図が定着してきているとも解釈できます。このような形での歳出拡大は、表面的な数値の見た目とは異なり、実質的な債務の増加を促しているとも言えるでしょう。
国債依存の構造的課題
最終的に問題となるのは、年度単位の増減ではなく、構造としての依存度です。一時的な税収の増加や経済成長が国債発行の抑制につながったとしても、社会保障費の自然増や経常的な支出の膨張を抑制しない限り、根本的な依存構造の転換には至りません。
国債発行によって財政を回すという体制が長期間続けば、いずれ利払い費の増大や信用コストの上昇といった副作用が顕在化してくる可能性も否定できません。この点については、次章で触れる「財政健全化」や「債務リスク」の文脈とも密接に関連してきます。
第3章|将来への論点──選挙公約・社会保障費・財政健全化
政策と財源の“ねじれ”がもたらす構造的リスク
近年、物価上昇や家計への支援を目的とした給付政策が、選挙戦略の一環として多くの政党で掲げられるようになっています。2025年度にかけても、一定額の現金給付や減税措置が公約として提示されました。こうした政策は、経済的な下支えとして有効である一方で、その財源が恒常的に確保されているとは限らない点に注意が必要です。
仮に給付の原資を赤字国債で賄うとなれば、それは即座に国の債務増加へとつながります。補正予算によって帳尻を合わせる場面も散見されますが、これは結果として年度当初に立てた財政規律が形骸化する懸念を孕んでいます。
社会保障費の膨張と制度的持続性への圧力
2025年度の社会保障関係費は、過去最大の38兆円超に達すると見込まれています。特に高齢化の進展に伴い、医療・介護・年金といった分野での支出は年々増加傾向にあります。団塊の世代が75歳以上に達することで、医療費や介護給付の比重がより高まる構造となっており、現行制度のままでは持続可能性に課題が生じる可能性があります。
こうした状況の中で、年金制度の給付水準の見直しや、医療費負担の見直し、保険適用範囲の再評価といった議論が進められており、一定の負担増や制度改変も検討の俎上に上っています。ただし、これらの改革は社会的影響も大きいため、合意形成には時間を要することが多く、短期的な解決策とするには限界があると考えられます。
経済成長と財政健全化の両立は可能か
政府は、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を当初2025年度としていましたが、直近では2026年度への先送りが示唆されています。これは、景気対策や物価対策に伴う歳出増が要因とされており、財政規律の達成に向けたハードルが高くなっていることを物語ります。
名目GDP成長率が一定水準(たとえば3%程度)を維持できれば、財政収支の改善も見込めるという試算はあります。ただし、成長前提の政策設計は、外的ショックや国際情勢の変化によって脆弱性を抱える可能性もあるため、慎重な設計が求められます。
加えて、利払い費の増加も中長期的な財政圧迫要因として無視できません。2025年度の利払い費は10兆円を超える水準となっており、金利のわずかな上昇が財政負担を大きく変動させる構造にあるという点も押さえておく必要があります。
格付けや金利リスクといった“見えにくい圧力”
財政の持続可能性に関しては、国内的な制度設計に加えて、海外からの評価という側面も存在します。国際的な格付け機関は、日本の財政状況を注視しており、構造的な赤字や歳出拡大が続く場合には格下げのリスクが現実味を帯びてきます。
格下げが現実化すると、国債の調達コストが上昇し、結果的に利払い費が増えるという悪循環に陥るおそれがあります。したがって、外部の信認を維持することも重要な政策課題として捉える必要があります。
将来への備えに向けた視点
中長期的には、経済構造そのものの見直しも視野に入れるべき段階に来ているかもしれません。たとえば、出生率の回復策や、労働生産性の向上といった人口構造の改善に資する投資が、将来的な財政基盤を強化する布石となる可能性もあります。
また、社会保障費の自然増に対しては、予算の伸び率を抑制する管理的手法や、給付と負担のバランスを見直すフレームの導入など、複数のアプローチを組み合わせた対応が必要です。単一の解決策ではなく、制度全体の設計変更が求められる局面に差しかかっているといえるでしょう。
【免責事項】
内容には十分な注意を払っておりますが、制度の改正・経済情勢の変化などにより、将来的に状況が変化する可能性があります。具体的な財務判断・政策判断を行う際には、必ず最新の法令・通知・関係省庁の発表等をご確認ください。
また、本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の政策・政党・企業等を支持または否定するものではありません。ご利用にあたっては、あくまで自己の責任と判断に基づいて行動していただくようお願いいたします。
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